「同意」も「賛成」もしなくていい、ただ「邪魔しない」! / ありのまま受け入れるヒント 2

愉快に生きる

ありのままの子や孫を、まるっと受け入れたい!と願ったときに、

専門家から聞き、わたしも実践し助けられたヒントは、

『子どもをありのまま受け止めるためにできること / ママの平日に『ローマの休日』』【お福わけサロン】でお福わけした、あの簡単な方法(当記事でも、本文でご紹介します)。

この方法は、

子どもは、「自分は、親に、ありのまま受け入れられている」と実感できるとともに、

実は、

親や祖父母である わたしたち
いかに、子どもや孫の「自由な心」を邪魔していたか身にしみて分かる方法なのです。

アラ還母
アラ還母

この方法を実践して、身をもって気づいたことがたくさんありました

さらに、【ある言葉】に出合い、

「ありのまま受け入れる」ことは、

子どもや孫の「生き方」に、
「賛成」していなくていいし、「同意」もしなくてよくて、「共感」もなくていい

ただ、
せっかく唯一無二としてココにいる「その子の生き方」を邪魔せずに、尊重すればいい

と知りました。

そうか!
「わたしの価値観」を無理矢理に「子どもの価値観」に合わせて変えるのではなく、そのままでいいのか!

と、
心が楽になりました。

それを教えてくれた、【ある言葉】も、今回、お福わけします。

愉快な仲間
愉快な仲間

親や祖父母である「わたしの価値観」や「考え方」を、
無理矢理、変えて、子や孫に合わせなくていいんです。

「反対」のままでいい!

ただ、
「子や孫の価値観」や「考え方」を、邪魔しなければいい!

当記事は、
「心配」は、その子の「幸せ」に結びつく? / ありのまま受け入れる 1』に続く、第2弾です。

自分を、あるいは、他者を、「ありのまま」受け入れたいと願ったときに、何かしらのヒントになりますように(^^)

1,2、を、あわせてご覧下さい!

「心配」は、その子の「幸せ」に結びつく?/ありのまま受け入れるヒント1
全員に当てはまる「当たり前」は無い。だから、「当たり前」「正しい」と思っている考えは、たまたま、「わたし」にはピッタリだけれど、「誰か」にとっても幸せ?立ち止まって考えたい。

 第15回 エッセイ 「愛する誰かの好きなこと」を一緒にすると気づくこと

「あなたを、ありのまま受け入れている」と、子や孫に伝える方法

『子どもをありのまま受け止めるためにできること / ママの平日に『ローマの休日』』【お福わけサロン】でお福わけした方法は、

「子どもの好きなこと」を、「子ども主導で」、「一緒にする」という方法です。

この方法は、専門家からアドバイスされ、半信半疑でしたが、わたしも、娘が反抗期に実践して、助けられました。

こんな方法で、子どもが「ありのまま受け入れられている」と感じるなんて本当かな??
と、勘ぐっていたのですが、

「子どもの好きなこと」を、「子ども主導で」、「一緒にする」という経験を、何度も何度も繰り返すと、

子どもは、

愉しい!好き!ワクワクする!ことを思いっきりする「わたし」を、「親」は大好きでいてくれる
と、実感できます。

この実感は、確かに、
「自分のありのままを、親に受け入れられている」という安心感につながっていく

これを、わたしは、「子ども」の立場でも実感しました。
(詳しくは、『子どもをありのまま受け止めるためにできること / ママの平日に『ローマの休日』』【お福わけサロン】

一方、
親としては、

親の好きなこと」に子どもを誘って一緒にやってもイマイチで、
親が主導して」計画したり、お膳立てしたりもハマらず、
子どもが好きなことを傍観者として見ていたり、寄り添っているだけではもう一歩足りない。
子どもには、
「ありのまま受け入れているよ」というメッセージは、なかなか伝わっていなかった気がします。

愉快な仲間
愉快な仲間

ポイントは、3つ!

「子どもの好きなこと」を
「子ども主導で」、
「親が一緒にする」

コレ、乳幼児に対しての関わりの話ではないのです!

アラ還母
アラ還母

専門家によると、
子が20代~35歳くらいまでならば、
子へのかかわり方を変えることで、関係は育て直せて、
「どんなあなたも大好き」と、子どもに伝えることができるそうです

これは、ありのまま受け入れているよ、というメッセージ♡


愉快な仲間
愉快な仲間

反抗期はもちろん、成人後や、2,30代の子どもや孫の、いまの「好きなこと」を知っていますか?

「心配」するより先に、
この子の「好き」や「嬉しい」「愉しい」ことを知りたい!

親は、ストレスを実感できる!


この方法は、実際に、やってみた方なら実感するかもしれませんが、

自分の好きなことではなかったり、興味がおきないことを、子どもと一緒にする場合、

面倒くさいなぁ、つまらないなぁ、
やりたくないなぁ、もうやめたい、これがずっと続いたらストレスだわー、

などと、実感しませんか?

わたしは、
そう感じました。
だって、わたしが好きなことではないから、

たとえ、
好きなこと、あるいは、一緒にやってみたら好きになったものであっても、

娘のペースで、娘の都合に従って、なにかをすることには、
やはり、どこか窮屈で、不自由さがありました。

愛する子どもとはいえ、他者であり、
他者に合わせて、他者のペースで、他者に支配されて行動しているから。
それって、息苦しい💦

そう、思ったとき、

自分が、子どもにアレコレと強いていたことは、

子どもにとって、
こんなにも嫌なことだったのか!

と、身をもって知りました。


願っているのは、この子の幸せ!

「やらなくてはいけないこと」は、ない

自分の考えや価値観、感覚とは違うモノゴトを強制されると、
ものすごくストレスを感じて、
挙げ句の果てには、ああ、人生ってつらいなと感じてしまいます。

周りに合わせて、「皆」や「世間」「誰か」に合わせてばかりいると、本当に、キツい。

それなのに、
子や孫が、「皆」や「世間」「誰か」と少しでも違ったり外れていると感じると、
「心配」になって、アタフタしたり、落ち込んだり、イライラしたり、
あるいは、
「わたしの価値観」や「わたしの考える幸せ」を盾にしてダメ出しをして、なんとか「わたしの価値観」通りに生きるように仕向けてしまう。

コレ、心からよかれと思っていたり、無意識だから、困ってしまう💦

わたしが、嫌なことをしたくないように、子どもも嫌なことはしたくないのに。

嫌なことは強制されたくないし、
嫌なことをしても、全然、幸せを感じられない。

なのに、どうして、
わたしたち大人は、
嫌なことを子どもにさせているのかな。

嫌なことでも、「やらなくてはいけないこと」だから?

「愉しく幸せを感じながら生きる」ことのほかに、

「やらなくてはいけないこと」なんて、あるのかな?

幸せを願いながら、幸せを奪っている⁈

わたしが嫌だと感じることをしたくないのと同じで、

この子も、「わたしが望むこと」をしていないということは、
この子にとっては、「わたしが望むこと」は嫌なことで、
この子にとって「幸せ」ではないことなんだな、

だったら、
「わたしが望むこと」を、この子は、しなくていいかも~

だって、わたしが願っているのは、

「この子の幸せだから」。

そう考えたら、

「わたしの考え」を押しつけるのは、幸せを願いながら、幸せを奪っているんだな、

と、すとんと心に落ちました。

子供をありのまま受け入れる、
というと、
難しくて、そんなこと無理だと感じるし、ストレスもたまるけれど、

こんな風に考えたら、
できるかも!と思えました。

アラ還母
アラ還母

「ありのまま受け入れる」ということは、「その子の幸せ」を守ること、

そのために、
わたしが正しいと信じている「わたしの価値観、やり方、生き方」を押しつけないこと!

ひとやすみ

中島みゆきさんの名曲『宙船 (そらふね)』に、

♪ その船を漕いでいけ おまえの手で漕いでいけ おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールを まかせるな

中島みゆき『宙船』より引用

という歌詞があり、大好きなフレーズです。

「子どもの好きなこと」を、「子ども主導で」、「親が一緒にする」という経験を、何度も何度も繰り返し、
「なんだかストレスだな💦」という実感を得たとき、

わたしは、「娘が心配だから」「娘のためだから」という名を借りて、
娘のオールを横取りしようとしていたのでは?と愕然としました。

誰かの幸せを願うならば、その誰かのオールを奪ってはいけない!

自分に、言い聞かせています。

逆に、
わたしも、わたしのオールは誰にも任せたくない!

『「心配」は、その子の「幸せ」に結びつく? / ありのまま受け入れるヒント 1』にも詳しくご紹介しています。

「心配」は、その子の「幸せ」に結びつく?/ありのまま受け入れるヒント1
全員に当てはまる「当たり前」は無い。だから、「当たり前」「正しい」と思っている考えは、たまたま、「わたし」にはピッタリだけれど、「誰か」にとっても幸せ?立ち止まって考えたい。

「同意しなくていい」「反対!」でいい、ただ「邪魔しない」を心がける

自分を「わかってほしい!」「共感してほしい」と願ってしまう人のサガ

人って、つくづく厄介だと思うのは、

親や愛する人には、

「自分をわかって、受け入れてほしい!」と願ってしまうこと。

もしかしたら、他人や愛していない人、見知らぬ人にまでも、「共感」「承認」を求めてしまいます。
SNSの「いいね!」は、その心理を利用した仕組みですよね。

わたしも、アラ還になってもなお、
親には
「わたしをまるごと愛して、受け入れてほしい!」と願ってしまい、

でも、わたしの考えや行動を批判されたり悪く言われて、「カチンときたり」「哀しくなったり」して、
面倒くさいな自分!と、嫌気がさします。

逆も真なりで、

前述したように、
「この子の幸せ」なんだから、わたしの思い描いたような人生でなくても、決して口を出したり、非難せずに見守ろう!

と、心に決めても、

どこかスッキリしないこと、モヤモヤすること、ありませんか。

愉快な仲間
愉快な仲間

頭では分かっているけれど、

「わたしの考える『この子の幸せ』を手放せない」、
「わたしの考える『生き方』のほうが幸せではないかしら、
と、モヤモヤしてしまう~

血がつながっていても、親しくて、大好きな人でも、
唯一無二な人間同士なので、
そもそも異なっていて、

だから、
どんなに、頭では「子どもの人生」「孫の人生」「誰かの人生」を丸ごと受け入れたい!と思っても、

やっぱり、心が、「違う~」「無理~」と拒否してしまうのは当然だよなぁ、と思います。

アラ還母
アラ還母

ひとりひとり異なっているんだから、仕方ないよね




「反対」だけど、あなたが主張する権利は、命をかけて守る by ボルテール

そんなときに、ある言葉を知って、

あ、そっか、

「ありのまま受け入れる」ということは、

「その子の生き方」に賛成」「同意」「共感」をしなくてもいいのか!

そう気づいて、心が軽くなりました。

それを教えてくれたのは、
フランスの哲学者ボルテールの、この言葉です。

いつも忘れないように心がけています。

わたしは、あなたの意見には反対だが、

あなたがそれを主張する権利は、命をかけて守る

「受け入れる」=「同意」「賛成」ではなくて、
「断固反対」のままでOK!
で、

「受け入れる」=「邪魔しない」、「尊重する」という心がけをしています。

ときには、「娘の生き方を、命をかけて守る」という熱いエンジンがかかるときもあり、
冷却水が必要になる熱血ぎみな わたしですが、、、💦

そして、

「親」や「周りの人」に、「受け入れてほしい」「分かってほしい」と願ってしまうとき
親や親しい仲間であってさえも、
異なる人同士で、

だから、
「賛成」「同意」「共感」を求めても、なかなか無理な話だよなぁ、

ただ、「わたしの生き方」を、「邪魔せず」にいてもらえたら幸せだな、

と思い至りました。

アラ還母
アラ還母

異なる意見、価値観、生き方、、、。

わたしが気に入らないモノゴトも、この世には存在しているけれど、

ブレない価値観で生きる「わたし」のことを邪魔されたくないし、
ブレない価値観で生きる「あなた」のことも邪魔したくない!

ひとやすみ

最近、「コレ、分かるわぁ」と共感したのは、Adoさんが唄う「うっせぇわ」の歌詞。

♪ 頭の出来が 違う ので 問題は ナシ!

Ado『うっせぇわ』より引用

”頭の出来” を ”価値観や考え方” や ”感覚”というイメージで捉えると、

ほんと、その通りだ、
そりゃあ、それぞれ違うからね、

分からなくても、分かってもらえなくても、問題はナシ!だねー

と、思っています(^^)/ 

アレ、違うかな⁈ アハハ


大事な心構え わたしも、子や孫も、愉快に生きるために

大事な心構えは、

あなたの好きなことは、
わたしの好きなこととは違う!、

あなたが心地良いと感じることは、わたしが心地よいと感じることと違う、

ということを、まずしっかり意識すること。
「子どもの好きなこと」を「子ども主導で」、「親が一緒にする」という方法で、意識することを訓練できます(^^)/)

そして、

そのそれぞれの「好きなこと」には、

優劣もなく、価値が低いとか高いとか、すぐれているとか、くだらないことなど、ない!

これを忘れないこと! 

そう心に言い聞かせています。

愉快な仲間
愉快な仲間

ひとりひとりがこんな風に意識できたら、もっと、楽に息が吸えそうだ

あとがき

「子どもの好きなこと、やりたいということを、子ども主導で、一緒にやってみる!」と、

そのままのあなたが大好きだよ」というメッセージを、言葉でなく、態度で伝えることができ
子どもをありのまま受け入れるための第一歩になると同時に、

「自分の感覚」に従わずに、「子どもの感覚」に従って動いてみると、
居心地が悪く、つまらなくて、愉しくないし、苦しいことも実感でき、

なるほど、大人は、子どもに、こんな嫌なことを強制していたんだなー、

と、気づけることをお福わけしました。

アラ還母
アラ還母

誰かにあわせて、自分を殺して嫌なことをしても、全然、幸せを感じられないよ~😢


子どもをありのまま受け入れる、
というと、なんだか、難しいけれど、

わたしが「嫌だ」と感じることをしたくないのと同じで、
この子にとって、「わたしが望むこと」は、嫌なことで、「幸せ」を感じられないことなんだな、
と気づいて、
この子が幸せならば、OK!!」、
そんな風に思えると、
すこし、冷静に、子どもと向き合え、
自分とは異なる「子や孫のありのまま」を、ただ、見守ろう!という気分になれるかも。

アラ還母
アラ還母

愉しく幸せを感じながら生きることのほかに、
「やらなくてはいけないこと」なんて、ない

愉快な仲間
愉快な仲間

「幸せ」を感じられることならば、頼まれなくたってしちゃうよね(^^)/

とはいえ、

どこかモヤモヤしたり、
やはり、「わたしの考え」の方が正しいのではないかなーと思い、
「相手の考え」を変えさせたり、共感」を求めてしまうのが、人のサガ。

そんなときに、思い出すのが、この言葉。

わたしは、あなたの意見には反対だが、

あなたがそれを主張する権利は、命をかけて守る

「ありのまま受け入れる」ということは、

その子や孫の生き方に、
「賛成」「同意」をしなくてOK!で、

「断固反対!」でも全く問題なくて

ただ、「邪魔しない」「尊重する」こと。



そう考えると、

「ありのまま受け入れる」ことは、意外と簡単に出来るかも、と思えませんか。

アラ還母
アラ還母

ありのまま、自由な心で生きることは、幸せ

愉快な仲間
愉快な仲間

親や祖父母であるわたしたちがすべきことは、
子どもや孫が、ありのまま「幸せに生きる」権利を、
邪魔せずに、守ること!

そして、

アラ還母
アラ還母

もちろん、わたしたち親や祖父母だって、

「幸せに生きる」権利を、
賛成してくれなくていいから、

邪魔せずに、ただ、尊重してほしいよね(^^)/

 ”できることやできないことがある”  ”好きなことや嫌いなことがある”  ”したいことやしたくないことがある”  

 そういう、ありのままのわたしが、わたしは大好き! そして、お父さんもお母さんも、子どもたちも、そういうわたしを大好き! 

そう思える子どもには、そう思える大人には、 どんなに世界は安心で、愉快に映るだろう、と思うのです。

「お福わけサロン」へようこそ
アラ還母(元新聞記者)まやみ佳が、困ったときに専門家から学び実践し癒やされた「考え方」や「方法」、先達が教えてくれた、自分らしく、愉しく生きる「知恵」や「ヒント」をお福わけ。「愉快に生きる!」「セルフケア&セラピー」「おいしい!便利!」で成り立っています。


タイトルとURLをコピーしました